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怠けるということ

プログラマに必要な素養の一つとして、よく言われるのが

「怠惰」

であることが上げられます。

かの有名なクラウゼビッツの戦争論においても、有能な指揮官の類型について以下のように述べられています。

有能な怠け者は指揮官に有能な働き者は参謀に無能な怠け者は下士官に無能な働き者は処刑
よく、プログラマは作業者であったり、職人であったりすると思われがちですが、そうではありません。 特に近頃は、どう書くかと言うテクニックよりも、そもそも「何を書くか」そして「何を書かないか」の最初の戦略がモノを言います。
「車輪の再発明」といわれるように、なんでも頑張って作ればいいと言うものではありませんし、職人の腕自慢ほど自己満足で他人にとってどうでもいいものはありません。 芸術や科学研究ならいざしらず、限られた時間と資源で最大の効果を狙うビジネスのステージにおいては、そもそも目的地に向かうときのプランニング能力の違いが圧倒的な結果の差をもたらします。
その時に、働き者であればあるほど、一生懸命さや、どれだけ動き回るかに価値を置いてしまうのに対して、有能な怠け者は、「横着」をして「最大の効果」と求めます。 いま、当たり前にやってる作業を簡略化できないものか?ん?そもそもこの作業は必要?やらなくて済む方法は・・・・!! 例えば、昨年注目を集めた真田幸村をはじめとした信州真田氏。 栄達の突破口を開いたのは、幸村のおじいさんである真田幸隆という人物でした。
彼はごく小さな山奥の村の、小豪族でしかありませんでした。
しかも、隣接する大きな豪族である村上氏に領地を奪われ流浪の身になってしまいます。
そして、しばらくのち、風林火山で有名な武田信玄が甲斐国(現在の山梨県)から信州(現在の長野県)に勢力を拡大していきました。
次々と信州の小豪族を従えその勢いはとどまるところを知りません。
そして、いよいよ村上氏が立てこもる砥石城と言う城を攻め立てます。
それまで、ほぼ無敵だった武田軍は村上氏相手に大苦戦し、有力な古参の重臣たちまでも戦死するほどの大きな痛手を負う始末。
それでも武田軍は攻める手を緩めることをせず、被害は広がる一方で
家臣たちがあの手この手を使って奮戦しますが、堅固な砥石城を攻め落とすことはできなかったのです。
そこへ現れたのが、領地を奪われ流浪の身となった真田幸隆でした。
彼は、砥石城にこもる旧知の仲間を頼りに、…
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オープンにすること

早いもので、な〜んにも構えもせずに新卒でIT業界に飛び込んで○○年になろうとしています。
社会人になる覚悟すらまともにできてなかったし、今のように企業研究なんて、自宅に送られてくるDMながめるくらいが関の山。 さらに、同期が会社訪問だ〜、面接だ〜と走り回ってる頃には、高校の教育実習に行ってましたしね。
時は流れて、平成も終わろうとして、私たちの年代は3年号またぎを達成予定です。これって結構すごいこと?あ、でも大正生まれなら4年号またぎですね。
と、世の中も昔とはず〜いぶん変わって、ビジネスのスタイル、ITを取り巻く環境も、インターネットの出現によって大変革を遂げました。
「情報革命」と言われ、18世紀の「産業革命」に匹敵するくらいの社会構造の変化をもたらしたとも言われる、その真っ只中に私たちはいるわけですね。
とりわけ、情報のオープン化は顕著な変化です。
情報伝達速度が桁違いに速くなり、それとともに単位時間当たりに私たちが処理しなければいけない情報量もますます増えていくでしょう。さらにこれからは仮想現実が身近なものになるでしょうし、まさに空間そのものが、我々の想像を超えた、別次元のものになっていくに違いないでしょう。
おっと、話が大きくなりすぎました。。。。。
もう少し、身近な視点にズームしてみましょう。
企業においては、いま、情報ガバナンススキルがマネジメント層に求められています。
情報のオープン化にともなって、これまでなかった脅威やリスクに企業が晒されるようになりました。ネットでの炎上、個人情報の流出、ハッキング、コンピュータウィルスなどなど。さらには、個々の企業の中に閉じ込められていた過酷な労働環境が次第に公開され、「ブラック企業」なる言葉が日常の会話で交わされるようにもなりました。
経営リソースとしての「情報」が曖昧なものでなく、独立した資源として認識されたのです。
独善的な経営層にとっては脅威ですが、多くの企業は、そのガバナンススキルを重要視し、情報のオープン化に耐えうる資質を自分たちの中に求め、鍛え上げ、さらにそれを糧として、激変する市場での戦闘力に昇華させています。
私たちのビジネスの本質は、まさにそういった企業の良きアドバイザーとして、寄り添い、手を携え、共に喜び合う事なんだと思います。
だからこそ、私たちに技術力に対する妥協があってはいけないのです。

うれしいこと

昨日、とってもうれしいことがありました。

10年以上、会社を運営してきて、結構上位に入るぐらいかもしれないですね。


事の始まりは、2週間前くらいかな?
ふとしたことから、以前うちの会社の卒業していった社員が、見事カムバックしてくれることになりました。

元々、一緒に仕事してた時は、とても責任感持って仕事に取り組んでいたし、いろいろいい結果も出してくれていました。
その時には、「もっと社会を見聞きしてステップアップしていきたい」という本人の希望もあって、みんなも本人の成長を期待して送り出したのを覚えています。

それから何度かやりとりしたりもしていましたが、たまに見ると、新しい職場で一生懸命、いろんなことにチャレンジしている姿も目にしてました。

そして、本人から昨日、「また、お世話になります!」との一報をもらった時は、大げさじゃなく感無量になってしまって、電話で自分でも何いってるかわからんくらいになっちゃいました(^_^;)

仕事人としてとっても好きな奴なので、また一緒にやれる喜びと、頼り甲斐のあるメンバーが来てくれる心強さと、そして何より、あれから時が経った我々のチームを、今またあらためて信頼してくれたんだっていうことがたまらなく嬉しかったんです。

その気持ちに応えるためにも、むっちゃおもろい仕事させたるでーっと。期待外れやと言われんようにせんとね。

プレッシャーも半端ないけど、自分自身その方が気合がめちゃ入ってます。

今すすめてる事業企画も、これでさらにパワーアップしてスタートできる予感がしてます!!

さぁて、がんばろーっと!!





ピンチはチャンス!?

ビジネスにおいては、「ヒト」「モノ」「カネ」を上手く扱えるかどうか大切だと言われます。

それぞれ、人材・商品・資金のことですが、どれもがビジネスの成功にとって必お要不可欠なものであり、どれか一つ欠けてもビジネスは成立しないし、バランスが悪いとビジネスは成長させることは不可能です。

このうち、最近よく言われるのは、「ヒト」の部分における役割と依存度の変化です。

まず、少子化による人材不足です。
確かに、私の周辺でも経営者や企業幹部の方から「採用が上手くいかない」という声をよく聞きます。正社員に限らず、パートタイマーやアルバイトでも、人材募集をしても応募者が集まらないようです。

日本の生産年齢人口は1990年代を最後に減少の一途をたどっていますし、団塊の世代の大量退職によってノウハウを持ってリーダーシップを発揮できる層が離れ、それを就職氷河期によって層が薄くなった30〜40代の中堅層がカバーできず、量だけでなく質の低下もよく言われる問題点です。

次に、情報技術の進化による職能ニーズの変化が挙げられるでしょう。

ロボット技術やAI技術によって、確実にいままであった職種のうち多くの仕事は人間の手を必要としなくなるでしょう。それは単純作業がメカトロニクスによって失われてきたここ数十年の歴史に塗り重ねられるように、ホワイトカラー、頭脳労働と言われる情報収集、分析、判断にとどまることなく、消費活動におけるコミュニケーションの分野においても確実に人の手を介さずにオートメーション化されつつあります。


実は、このことは日本のビジネスの勢力図、ひいては企業活動における価値観を根底からひっくり返す可能性を秘めています。

日本における先の産業革命は、明治維新による文明開化によってもたらされました。それまでの封建社会が崩壊し、身分による制約が解き放たれ、そのことが多くの起業家を生み出し、現在の財閥と呼ばれる企業グループもこの頃の成功を起点として生まれていったのです。

現在は、少なくとも私が生まれた頃にはすでに、大企業信仰が世の中を覆い尽くし、資本のない零細企業はその下請けとして生きるしか道は開かれていませんでした。取引するにも「従業員数」「上場市場のブランド」「大資本とのつながり」がなければ、チャンスさえ与えられず、細々とビジネスを営むことしかできなかったのです。

しかし、海外ではすでにシリ…

失敗から学ぶ

今日、東京都知事選が行われた。

大阪では以前太田房江知事がそうだったように、東京では初の女性知事誕生となったようだ。

そのことに関するニュースを見ていると、気づいたことがあった。

鳥越俊太郎という人が、共闘する野党に担がれて出馬したが、保守分裂がみられ追い風であるはずの中、あっけなく落選してしまった。

選挙戦の中、週刊誌による女性へのセクハラスキャンダル記事などがあったことを、ことさらに敗因としてるようだった。

しかし、あくまでも個人的感想でしかないが、それ以外にもあまりにも不勉強で行き当たりばったりの公約、イデオロギーに凝り固まった組織が背景に見え隠れするなど、他にも無党派層が嫌った要因はいくつもあったように思う。

ビジネスの場面においても、事業がうまく行かなかったりした時はもちろん、

キャンペーンの効果が出なかった新商品の企画がうまく行かなかったミスに対する対策が、効果がなかった など、色んな場面で「失敗」からその原因を追求し、2度と過ちを繰り返さないようにしなければいけない。 しかし、人には「認知バイアス」があり、自分の都合のいいように原因を歪曲し、都合のいい解釈をしてしまう傾向にある。
今回の都議選における鳥越候補のように、「週刊誌による選挙妨害のせいで負けた」と言いはってみても他人の目からは裸の王様にしか見えないのである。
大切なのは、事実を元にしっかりと色んな角度から「失敗の原因」をみつめ、目を背けず立ち向かっていく勇気が求められるのだと思う。

プログラマーということ

私はプログラマーです。

プログラミングをしてるのは、やっぱり楽しくて、特にいいアイデアが浮かんで、そいつの実装にチャレンジしてうまく行った時の気持ち良さってのはたまらないですよね。

技術の動向は常に気になります。
特に近年、いろんな技術、手法、フレームワーク、言語の新潮流があり、また流行り廃りがありと、めまぐるしいことこと上ないです。

最近で言えばモバイルアプリの開発。

iosはObjective-CからSwiftへ変わり、AndroidはJava。そして従来のWeb開発のノウハウを生かせるためのハイブリッドアプリが生まれ、WebフロントエンドのFlashの没落によってさらにJavascriptが脚光を浴び、そのためのフレームワークは乱立し、とめまぐるしいことこの上ない。ちなみになんとなくreactに落ち着きそうですがどうなることやら。。。

そういえば、数年前にはRuby on Rails風のMVCアーキテクチャを取り入れたrhodesなんていうモバイルアプリ向けフレームワークもありました。なかなかイケてて、実装もしやすく結構好んで使ってたんですが、モトローラに買収されてからは開発は停滞し、今では見る影もありません。弊社でもいくつかアプリを作ってたんですが全面書き直しするハメになりました。。。

私が大好きなRuby on Railsも10年が経ちもうすぐバージョン5がリリースされようとしています。少なくとも大きなメジャーアップデートはその歴史のまんま弊社では連れ添ってきました。

実は、会社を起業する直前まで、私はプログラミングという仕事から5年ほど遠ざかっていました。
最初のSIerでの最初の3年ほどはバリバリのプログラマだったんですが、それ以降は設計などの上流工程や顧客折衝がメインになり、転職したベンチャーではマネージャーに徹していました。だから前職で知り合った人には私がプログラミングできるなんて想像もできないと思います。

起業して当時まだ生まれたてのRuby on Railsを独学で会得して三ヶ月ほどでEコマースサイトをリリースしたのを皮切りにプログラマーとして再出発しました。(もちろん経営、営業、雑用もしながらですが)
参考になる情報リソースはほとんどなかったので、Webの情報だけでなく、少しでも関係のある書籍は片っ端から買いあさってぼろぼろになるまで読破し…

『スキル』ということ

自分で言うのもなんですが、私のスキルは多種多様だと思います。

エンジニアとしては、システムの企画、方式設計、サービス設計、インフラ・基盤設計からUI設計、プログラミング、テスト、HTML・ CSSコーディングを一人で完結できます。

事務屋さんとしては、簿記・経理を始め、法務、人事、調達、マーケティングもこなします。
まぁ社長やってりゃ事務系スキルはあって当然なんですけどね。ですが、経営(社長さんでなくともそれなりの責務がある人)の立場にある人でも帳簿読めない、B/S・P/L・C/Fなにそれ、美味しいの?という人も結構いたりします。ましてや、『帳簿は現金主義で楽チン』なんて未だに信じてる人もいたりします。

とはいうものの、大手にSEとして勤めていた頃はそんなこんなも、な〜んにも知りませんでした。技術者でしかないことに一応の危機感はありましたが、会社では社内政治が優先され、社員は大手企業社員であるだけのプライドで満ち満ちた人ばかりでした。もちろん私もその一人です。

ですが、ある案件の営業でそんなプライドは吹っ飛んでしまいます。
私の提案は顧客のコンセプトからは外れ、聞いたこともない会社に2社競合で完敗したのです。
その時に、初めていかに自分が技術のことだけしか知らないか、マーケティング、いやビジネス、商売の基本を知らないかを思い知らされました。
折しも、世間ではバブルがはじけ、右肩上がりの経済成長神話は崩壊し始めており、事務処理・コスト削減しか知らなかった大型SIerのスキームが通用しなくなり始めていたのでした。

企業は、新しい「売れる仕組み」を作ることを模索し、ITベンチャーが見事にそのニーズに応え勢いを伸ばし始めていた頃でした。
それまで、「与信」という壁で、一定の資本と知名度がなければ特に関西では取引さえままならない状況だったのが、「いいものであれば売れる」という本来当たり前の理屈が実現されつつありました。

「やばい.....」

本当にそう思いました。

もちろん、あのまま社内で出世競争に励み、安定した高給のもと、休日や休暇を満喫するということも可能でした。

でも、私には無理でした。

そして、飛び出してたまたま求人情報サイトで見つけたベンチャー企業に転職。そしたらそこは、後から知ったことですが、例の2社競合で私を完膚なきまでに叩き潰してくれた「聞いたこともない会社」…